「いらっしゃいませ!お伺いしまーす!」

平日のランチタイムに、活気あふれる店内に響く、わたしの少しばかり緊張した声。

12年間の専業主婦生活を経て、再び社会との接点を持った場所、

それは、みんなの知っている某飲食店での接客パートでした。

ミニモエ

「なぜ、そこのお店?」と、夫から驚かれました。

正直、ブランクへの不安は大きい。

けれど、それ以上にわたしを突き動かしたのは、「変わりたい」という切実な願いでした。

専業主婦としての日々は、決してラクではない。

かわいい我が子の成長を見守る喜びがある一方で、社会との繋がりが希薄になるにつれて、わたしの心には少しずつ澱のようなものが溜まっていきました。

些細なことでイライラし、一番近くにいる子どもたちにきつく当たってしまう。

自己肯定感は日に日に低下し、

「どうせわたしなんて…」

が口癖のわたしは、まさにフキゲンシュフだったと思います。


そんなわたしが、なぜ飲食業の扉を叩いたのか?

ミニモエ

正直言って、勤務先はどこでもいい。働ける場所にとどまりたかった。

今思えば、それは無意識のSOSだったのかもしれません。

「家」という閉じた空間から飛び出し、予測不能な「社会」という舞台に身を置くことで、何か変わるかもしれない。

そんな淡い期待を抱いていたのです。

実際に働き始めて痛感したのは、飲食業の接客こそ、まさに「予測不能な人間模様」が繰り広げられる最高のエンターテイメントの場だということでした。

店には、本当にさまざまな人がやってきます。

「コーヒーのお砂糖2つね。」と、いつも声をかける常連さん。

初めて来店し、メニューをじっくり眺める年配の女性。

杖をついて、足元を気にしながらテーブル席へ向かうおじいさん。

ベビーカーに赤ちゃんを乗せて、周囲の目を気にしながらお店に入ってくる若いお母さん。

セカセカと来店し、時計を気にしながら、ガツガツと頬張っているスーツ姿の男性。

中には、明らかにフキゲンそうで・・・

こちらが言葉をかけるのも躊躇してしまうようなお客様も・・・。


勤務開始3日目、まだレジ打ちに慣れないわたしは、ひとりでレジを担当することに。

注文が多いお客さんの会計の時、操作がもたついてしまい、頭が真っ白になってしまいました・・・。

お客様は、ムスッとした表情で、

「ちょっと急いでるんだけど・・・!あなた、頭、大丈夫?」

と語気を強めました。

「しょ、少々お待ちください。」

と、苦笑いをしながら、先輩の主婦パートさんを呼び、操作に間違いないかを確認してもらいました。

そのとき、専業主婦時代の悪い口癖が出てしまいました。

「どうせ、わたしなんて。」

ネガティブな感情が頭をもたげました。

「大丈夫!そのうちカラダが勝手に動くようになるから。声のトーン、バッチリだから、その調子でね。」

と、フォローしてくださいました。

まわりの主婦パートさんたちは、朗らかなのに、どこか落ち着いた対応でお客さんと接していました。

きめ細やかに料理を運び、お客様の表情も和らいでいました。

ミニモエ

「わぁあ!ステキ。」と、店員のわたしも気持ちが明るくなりました。

お客様の感情は、その日の気分や状況によって様々に変化します。

時には、理不尽に感じることもあるかもしれません。

けれど、そんな予測不能な感情の波に翻弄されてはいけないのです。

ミニモエ

お客様がフキゲンなのと、あなたの仕事ができないことは、全く別のこと。

真摯に向き合い、丁寧に対応することで、相手の心を動かすことができる。

その結果が「ありがとう」ということ。

感謝の言葉をいただけた時の喜びは、何にも代えがたいものでした。


飲食業の接客は、まさに感情のジェットコースターです。

嬉しいこともあれば、落ち込むこともあります。

けれど、その一つ一つの経験が、わたし自身の感情の動きを敏感に捉え、コントロールする力を養ってくれました。

お客様の笑顔を見ることで、自分の心が温かくなる。

感謝の言葉を聞くことで、自己肯定感が少しずつ積み上がっていく。

時には、厳しい言葉に落ち込むけれど、それもまた、次への改善に繋がる貴重なフィードバックだと捉えられるようになりました。

かつてのわたしは、自分の感情の波に乗りこなし、不機嫌という名の暗雲を周囲に広げてしまう、そんな人間でした。

けれど、飲食業の接客という「自分を愛でる実験場」に身を置くことで、他者との関わりを通して、自分の感情と向き合い、受け入れ、そしてコントロールする方法を少しずつ学んでいます。

予測不能な人間模様は、時に私たちを戸惑わせますが、その中にこそ、成長が隠されています。

お客様一人ひとりの反応は、まるで鏡のように、自分の言動を映し出してくれます。

その鏡を見つめ、試行錯誤を繰り返すことで、わたしたちは少しずつ、より良い自分へとアップデートしていくことができるのです。

今、わたしはあの頃の、いつも不機嫌だった主婦ではありません。

もちろん、落ち込む日もあります。

けれど、お客様の笑顔や感謝の言葉が、私の心の太陽となって、再び前を向かせてくれます。

「いらっしゃいませ!お伺いしまーす!」

今日もまた、予測不能だけれど、どこか温かい人間模様の中で、わたしはわたしらしく輝いていたいと思っています。